青いインク壺

 日々写真詩-『妖精・精霊・詩』

「モモ」37年前と今


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      娘の小学校で毎年実施されている「親子ふれあい読書週間(一週間)」

    今年のが、今日で終わりましたよ📚 読む本は各家庭で決めます。

    
    今回は  エンデの「モモ」にしました。
    しかも1988年版なので、以前の言葉使いのままで、

    娘には説明が必要な箇所が、そこそこありました。。
    しかし懐かしかったです🌿 

 

      昨年は選んだのは「花になった子どもたち」
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      ジャネット・テーラーライル 著/ 市川里美 画

    子どもの内面世界、大人たちの思惑や気持ち、

    花になった子どもたちは誰で、

    呪いを解いて 花になった子どもたちを救いだすのは誰か。

    表紙の美しさはもちろん!

    挿し絵がとても素敵で、胸高鳴る。 


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      娘の最近ですが、なんとか やれてるようです。

    6年生という微妙な、単純にはいかない年齢でもあり、

    友だちとの複雑な関係や、気持ちなど、なかなか今までのようには

    親にも話しにくくなってきているか。

    それでも うちは、余所にくらべて、かなり話す方みたいですが。

 

      今回、30年以上ぶりに「モモ」を読んで思ったのは、

    一度通りすぎた年代は「通りすぎた」んだな、ということでした。

    子ども時代に読んだ本への感想や、読んでいた時のあの感覚は

    丸い空気風船のなかに有り続けているけども、風船をほどいても

    割っても、あの感覚や感想自体は、体験できないんだな、と。

 

    だとしたら、子どもの頃に読んだ本や、走って抜けた背の高い草むらの道は

    そのまま風船にしとく、でもいいかな、とか。

 

 

      「モモ」は今回、あまり本を読まない娘にも特別な体験をくれたようでした。

    30年以上ぶりに読んだ私には......

    現実が進む方向が、変わってはいないのかな、という感覚。

    子どものわたしは「モモ」を読んだのに。

    

    娘は読みながら「これ、今の事だよね!」と言います。

    「そうだね」

(「ママが子どもの頃にも今だったけど...」) 

 

 

      長い時間かけてそうなった事から脱却するには、

    同じ時間以上の時間がかかる、と言われますからね。

 

    環境問題、LGBTブラック企業、差別問題、体罰パワハラ、虐待など

周知され取り上げられるようになってきたり、

体質改善に少しずつでも向かい始めた問題もあるし。

 

    それは、受ける側の変化もあるけど、改善に向けてがんばってきた側の

長い取り組みがあってこそ...

 

      とか、色々と  あれこれ考えたりしました

 

 

 

      「ほんとうの空色」(バラージュ作)

    という子ども向けの本があるのですが

    子ども時代に、とても好きだった記憶があり、偶然みつけて

    買って読んでみました。

 

    それで分かったのは、やはり、子ども時代というのは、囲いの中の

    抑圧された、逃げ場のない環境にあるのだな、ということでした。

 

 

      だから、私たち“子ども”は、物語や絵など、そこの中に奥行きを造り

    そのまま入っていくことのできる力を与えられているのだなぁ

    と。

 

      児童文学作家や絵本作家というのは、それが分かった人でないと

    なれないんだな、と。

    ほんとうの意味で、と。

    なんとなく、思い、小さく何度か頷いたわけです。

 

 

      最後はひとりごとのような

・.*  .☆゜